第二回 馬体解析レポートの謎に迫る
「真壁!」
「おや、こんな時間に珍しい。今日はどんなご用件ですかねえ。かずまさん」
「『馬体解析の評価』に関して、聞きたい事がある!」
「………はい?」
(真壁は、うちの牧場の研究所の設備を借りて、馬体解析事業を営む、分析屋だ)
(その腕は確かで、幼馴染の恭一も頻繁に利用しているほど、正確な解析レポートを出してくれる)
(……口が悪いのは引っかかるけどな……)
評価の差
「解析を頼んだ競走馬、『スピードがB評価だったんだけど、今までB評価だった馬より遅い』んだよな。どういうことなんだ?」
「何を当たり前のことを言っているんですか。何度も馬体解析を利用している人とは思えない発言ですねえ」
「うるさいな。で、当たり前っていうのは?」
「その馬たちは、B評価の中でも能力が高かった、ってだけでしょう」
「……もしかして、その”評価の中でも、能力が違う”ってことか?」
「それはそうでしょう。馬は生き物ですよ?差が出るのは当たり前です」
「それは……確かに、そうだな…」
「かずまさんのそのB評価の馬ですが、改めて解析結果を見てみるとB評価の中でも能力が低かったようです。残念でしたね」
「というより、かずまさん。いつも私のコメントは気にされてないのですか?」
「真壁のコメント……?」
「レポートを見せるときに一緒にお伝えしていますよね?」
「あー……、そういえば、この前の馬は『重賞も狙えるでしょう』って言われたな」
「それを馬体解析の評価と合わせて見ることで、ある程度能力の予想も付けやすいはずなのですが」
「え、そうなのか?」
「仕方がありませんねぇ…、もっと詳細にお教えしますよ」
真壁のコメント
「コメントの内容に関しては、この資料のようにお伝えしておりますよ。上から順番に優秀な競走馬に対してのコメントです」
- 数年に一度しか見られないような素晴らしい素質を持った馬には海外挑戦を薦めています。
- かなりの素質を持っている馬で、国内であればGIを何勝もしそうな馬には複数のタイトル獲得を狙える事をお話しています。
- チャンスを活かせれば良い結果を出せそうな馬にはGI制覇についてお話しています。
- それなりの素質を持っている馬ならば、重賞勝利もほのめかせてお伝えしています。
- 重賞は厳しいですが、まあまあ走りそうならば、良い馬に育つとお伝えしています、クラスでいうとオープンクラスで勝てるくらいですかね。
- ほどほどに期待できそうな馬はオープンクラスくらいで引退する傾向が強いです。
- 解析結果に特徴がない馬は1勝するのも苦労するかもしれませんね。
「このように、私のコメントは馬の筋肉量や骨密度など…、すなわち”スピードやスタミナを構成する要素を総合的に分析”して、その結果を元にお伝えしています」
「…え、これってかなり重要なんじゃないか?」
「だから気にされていないのかと聞いたんですよ」
「そうですね、例えば、スピードA評価スタミナD評価の馬と、スピードB評価スタミナC評価の馬、どちらのほうが能力が高いと思いますか?」
「……うーん……、滅多に見ないA評価がある、前者のほうか?」
「まぁコレだと言う正解はないんですけどね」
「ないのかよ」
「正確には、コメントによる、といいましょうか。コメントの意味を知った今では、前者に”海外も視野に入れては?”と、後者に”いくつかのタイトルも狙えますよ”と、お伝えしていた場合、前者の方が能力が高い、というのはわかりますね」
「さらに先ほどの評価にあてはめた場合、前者はスタミナがD、ということは、スピード能力がかなり高いのではないか、という推察もできます」
「こういったように、ある程度の競争能力が分かることから、私のコメントと馬体解析の評価はあわせてみていただくことをお勧めしますよ」
「なるほどな…」
「…そういえば、解析レポートに”目標レース”の項目があるだろ?」
「そこで”三冠もあると思います”って書いてあることがあったんだけど、三冠も凄いことだよな。海外も視野にって伝えられたときと、『どっちが良い』とかってあるのか?」
「そうですねえ、目標レースの項目で”三冠”の事を記載している場合は、”海外も視野に”とお伝えしていることも多いですが…。牡馬の場合は、このコメントに優劣はありませんね」
「”三冠”について記載している場合は、一緒に”海外も視野に”とお伝えしているはずです。ただし、逆のパターン、すなわち”海外も視野に”とお伝えしていても、必ず”三冠について”お伝えしているわけではないです」
「実は高い競争能力がある馬でも”距離適性”が合っていなければ、”三冠”については記載していないんです。クラシック三冠レースの中には、長距離レースもありますからね」
「そういうことか…。牝馬の場合は?」
「牝馬の場合は、クラシック三冠ではなく”牝馬三冠”を指針としています。また、牡馬よりは少し能力が低めでも、”三冠”の事について記載しています。一般的には、牡馬のほうが能力が高いといわれていますからね」
馬体解析のタイミング
「ということで、勉強になりましたか?」
「……真面目に喋るから驚いた。お前、いつも一言多いけど、嫌味を言わずに喋れるんじゃないのか?」
「嫌味なんて言ったことありませんよ」
「おい…」
「それはさておき、もう一つお聞きしておきましょうか。かずまさん、『入厩前に馬体解析を利用する判断』ってどう決めていますか?」
「え、うーん…そうだな、俺は”なつきと話して、馬体解析を使うか一緒に決めている”な。俺が使おうと思ったタイミングで使ったらどうかな?って言われるしね」
「なるほど、悪くない判断ですね。なつきさんは馬を良く見ていますし、信頼できる情報でしょうね」
「後はそうですね、”目的に応じて解析する”のがいいと思いますよ」
「目的?」
「例えば、”目標レースを定めて馬を作ったとき”。目標レースに通用するかどうか、確認のために使う、というのは良い手だと思いますよ」
「なるほどな…。確かに、そういう使い方がよさそうだ。獲りたいレースもあるし、使わせてもらうか」
「ええ、ぜひご利用ください」
「そういえば真壁、この馬体解析の機械って、人間も解析できるのか?」
「この機械は元々人間用に使っていたものを改造したものですから、人間に限らず生物ならば解析は出来ます。結果は単純なものしか出せませんけどね」
「出来るのか…」
「かずまさんを解析するのはごめん被りますねぇ…」
「それは俺だって頼まねえよ!」
次回予告
「和泉さん、ちょっとお聞きしたい事があるんですよ」
「なんですかな?」
「”騎手”について、いろいろお聞きしたいことがありまして」