第四回 配合の謎に迫る
「よう素子、どうだ調子は」
「…別に普通だけど、なにか用?」
「ちょっと素子に聞きたい事があるんだ」
「何が聞きたい?」
「配合のことについて、教えてほしいんだ」
(素子は、牧場で使っていなかった建物を借りて、ウマゲノム研究所を運営している、血統研究のプロだ)
(俺とは大学の同級生で、大学でも血統研究に没頭していた。血統や配合に関しては素子に聞けば間違いないだろう)
(……研究に没頭しすぎて、すぐに食事をおろそかにするから、体が心配だけどな……)
「何を聞きたい?いまさら配合理論の話じゃないよね?」
「それがさ、去年生まれた馬が、”完璧な配合”だって牧場長から聞いたから、期待して馬体解析にかけてみたんだけど、解析結果があまり良くなかったんだ」
「当然じゃないか。どんな配合でも、結果が出ないことだってあるさ」
「…なんでだ?」
「しょうがない。レクチャーしよう」
繁殖牝馬の能力
「まず、繁殖牝馬から説明しよう」
「産駒が繁殖牝馬から受け継ぐのは、”繁殖牝馬の競走能力”だ」
「牝馬の競走能力?」
「競走能力である”スピード”、”スタミナ”を、牝馬から受け継ぐ」
「”非凡な才能”を持っていたら、遺伝する可能性もある」
「競走馬の基礎の部分だな」
「繁殖牝馬の競走能力が高いほど、産駒が高い競走能力を持つ可能性が生まれる」
「スピードAやスタミナAといった評価の馬の生産を狙うなら、牝馬の競走能力は高いほうがいいね」
「競走能力の低い牝馬からじゃ、強い産駒は産まれないのか?」
「付ける種牡馬や、配合理論を駆使すれば、ある程度強い産駒は産まれる。だけどスピードA、スタミナAといった評価は難しいと思う」
「なるほどな……」
種牡馬の選び方
「じゃあ次は、種牡馬について説明しよう」
「種牡馬から産駒に受け継がれるものは、牝馬より多い。この資料を見てほしい」
- 距離
- 成長
- ダート適性
- 気性
- 底力
- 体質
- 実績
- 非凡な才能(必ずではない)
- 星の数(産駒が牡馬の場合)
「牝馬にどんな種牡馬を合せればいいかって、悩むことも多いだろう。これからする説明は、その参考にもなるはずだ」
「……説明と言われても、”種付け権に載っている情報の評価が高い”と良いんじゃないのか?距離とか成長は場合によるとは思うけど」
「それは間違ってない。けど、他にも見るべきところがあるってことだ」
「これから君に話すのは、『種牡馬を選ぶ際に見るべき3つの情報』だ」
「最初に見るべきなのは、『実績』だ」
「実績の評価は、その種牡馬の”競走成績”、”繁殖成績”、”血統”が総合的に判断されたものだ」
「”産駒の競走能力に直結する情報”で、実績の評価が高いほど、産駒が高い競走能力を備える可能性が高くなる」
「なるほど、強さに直結するのなら、最優先に見るべきだな」
「実績の高い種牡馬を、高い競走能力を持つ牝馬と配合理論を駆使して配合することで、スピードAやスタミナAといった評価の馬を生産することもできるだろう」
「牝馬の競走能力があまり高くなくても、実績の高い馬で配合すれば、それなりの競走能力を持った産駒が産まれる可能性はある。そこから血を繋げていくのもいい」
「”高い実績を持つ種牡馬を選ぶべき”ってことか」
「そうだね」
「二つ目に見るべきなのは『安定』だね」
「安定の評価は、”産駒の競走能力の振れ幅”を表している」
「評価が高いほど振れ幅が狭いのか」
「そうだ。安定評価は実績評価とあわせて考えるのが一般的だ」
「安定と実績の評価が高い種牡馬なら、強い馬が産まれやすいんだな」
「でも、安定の評価が振れ幅を表すなら、競走能力の下振れもあれば、上振れもあるってことだよな…。ひょっとして、安定評価は高ければ良いってものでもないのか?」
「そうだ。例えばステイゴールド産駒には、ゴールドシップがいるだろう?GIを何勝もするような優秀な競走馬だ」
「天皇賞のゴールドシップは凄かったな…」
「しかし、父馬ステイゴールドの安定はC評価だ」
「”ゴールドシップはステイゴールドの安定Cが大きく上振れした結果”なんだ」
「”安定を捨てた結果、低い競争能力の馬が生まれてしまう”かもしれない、それでも”究極に近い競走馬”を、そんな目的で安定Cの種牡馬は配合されることが多いね」
「なるほどな。”能力を安定して求めるならばAやB”、”一発に賭けてみたいならC”という感じか」
「そういうことだね」
「三つ目に見るべきなのは『距離』だ」
「距離は、馬が力を発揮できる”距離適性”を表しているわけだけど、産駒の能力に関わってくる」
「”距離適性が受け継がれる”、だけじゃないのか?」
「ああ、例えばサクラバクシンオーという短距離で無類の強さを誇った馬がいるが、この馬を付けると、他の馬よりもスピード評価の高い馬が生まれやすい」
「え、そうなのか?なぜだ?」
「距離適性が短い種牡馬を配合すると、産駒もスタミナよりスピードに寄りやすい、ということだ」
「なるほど、じゃあ長距離のレースを戦うには、距離適性が長い種牡馬を選んだほうが有利なんだな」
「そうだ。もちろん地力が達しているのが条件だけど」
「つまりは…、”種牡馬の距離適性が、産駒の競走能力”にも表れる”ってことか」
「そういうことだ。距離も意識して付けることで、狙った能力の高い産駒を生産しやすくなるかもしれないな」
非凡な才能の遺伝
「さて、最後に説明するのは、『非凡な才能の遺伝』についてだ」
「牝馬や牡馬の説明のときに少し触れたけど、非凡な才能は”牝馬からも牡馬からも受け継がれる”。”非凡な才能を持つ特別な種牡馬”を種付けに使用したときは、必ず遺伝する」
「必ず遺伝する…?『非凡な才能を持った種牡馬を種付けに使用したけど、遺伝しなかったことがあった』ぞ?」
「君が言う、才能が遺伝しなかったことがある、というのは、”産駒から遺伝を狙った”場合だろう」
「血は世代が重なるたびに薄くなる。それと同じで、”非凡な才能も世代を重ねるたびに遺伝しにくくなる”わけだ」
「なるほどな…。それで遺伝しなかったのか」
「非凡な才能を持った馬を、配合理論を駆使して配合するならば、二代目くらいまでに配合理論が成立するように、配合を考えるといいかもしれないな」
「それに、”非凡な才能を持った馬の血は、絶やさないほうがいい”こともある」
「ん?どうしてだ?」
「遺伝しなかったはずの才能が、”隔世遺伝”して世代を超えて開花することが”稀にある”からだ」
「”本当に稀”だから、開花していたら運が良かったくらいに思うといい」
「そんなこともあるんだな…」
「そういえばさ、非凡な才能って『牡馬と牝馬がどっちも持っていたらどうなる』んだ?『非凡な才能は一つしか遺伝しないよな?』」
「種牡馬と牝馬が持っていた場合は、”牡馬の非凡な才能が遺伝する”。牡馬のほうが強く受け継がれる」
「だけど、”非凡な才能が二つ遺伝することはある”」
「え、あるのか!?」
「”遺伝による非凡な才能”と、”隔世遺伝による非凡な才能”で、二つ同時に開花することはある」
「ただ、隔世遺伝は稀すぎて、”できないと思ってくれて構わない”だろう」
「………確かに、狙ってできるものじゃないな……」
「隔世遺伝をあえて狙うなら、試行回数は相当な回数になるだろうし、非凡な才能を持つ特別な馬は、種付け権も入手しにくい」
「現実的ではないけど、もし二つ遺伝したら、その馬は”最強”を誇れる馬になるかもしれないね」
「こんなものかな。本当はクロスやニックスについてもレクチャーしたいが、今日はもう疲れた。次の機会にしよう」
「配合について、理解はできたか?」
「ああ、よく分かったよ」
「そう、ならよかった。それじゃあ、私は研究に戻るから」
「……?おい、何かふらついてないか……まさかお前!」
「……なに?」
「研究するのはいいけど、ちゃんと飯は食べているんだろうな?」
「…………二日前には…食べたと思う」
「……またか。相変わらず世話の焼けるヤツだな…」
次回予告
「牧場長、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「牧場の設備に関して、教えてほしいんですよ」