
第六回 箸休め編
「厩舎に行って、馬の様子を確認したし、和泉さんに今後の確認も取った」
「………よし、一旦休憩をとろう」
「この後は、真壁に馬体解析の依頼をしないといけないし、…まだまだやることはあるな」
「はあ。最近、仕事の話しかしていない気がする…」
「この牧場に戻ってきてから、いろんな人と仕事してきたけど、案外プライベートって知らないな」
「もし機会があれば、プライベートな話も聞いてみたいな」
「いい、息抜きになるかもしれない」
ナシームがお仕えしている殿下の目的とは
「こんにちは、かずまさん。お邪魔しますよ」
「ナシームさんじゃないですか。今日はどうしましたか」
「噂になっているこの名前の馬を探しています。殿下がぜひ、王国に迎えたいと仰っておりまして」
「どれどれ…ああ、この馬は種牡馬入りする予定です」
「そうですか…、やはりこれほどの馬、簡単には手放せないですか…」
「わかりました。仕方がありませんね」
「せっかく来てくださったのに、すみません。またお願いします」
「しかし、大変ですね。世界中の優秀な馬を集めるなんて。確か、仕えている殿下からの命令でやっているとおっしゃっていましたよね」
「そうです」
「その殿下はどうして、優秀な馬を探しているのでしょう?ナシームさんが探している馬は、引退する馬ばかりです。ということは、繁殖に使う予定ですか?」
「その通りです。一つは繁殖して強い馬を作るためですね」
「やはり、そうですか。でもなぜ強い馬が必要なんですか?何か目的があるんですか?」
「ええ。殿下は、とあるレースにおいて、圧倒的な走りを見せて勝利を獲りたいとお考えです。歴史に名を残す名馬を生産したいようですね」
「へえ!殿下は俺が考えていたより、ホースマンですね。とあるレース…やはりお国がら的に近いドバイワールドカップデーのレースですか」
「いいえ、ドバイのレースには目を向けていません」
「殿下が狙っているレースは、アメリカの”ブリーダーズカップクラシック”と、フランスの”凱旋門賞”です」
「…!ダートレースのチャンピオンに、芝レースのチャンピオン。どちらも、世界のトップを決める最高峰のレースじゃないですか!!」
「だから、全世界の優秀な引退馬を集めて、自分で最強馬を作ろうとしているんですね」
「その通りです!殿下は本当に優秀な方ですから、きっと成し遂げると信じています」
「とはいえ、いくら優秀な馬を集めて、血統や配合を考えても、本当に強い馬が生まれるかは最終的には時の運です。できるだけ試行回数を重ねるべく、大量に馬を集める必要があるのです」
「なるほど、金持ちの考えることはスケールが大きいな」
「それはそうとして、ほかにもまだ目的があるんですか?さっき、一つは繁殖 とおっしゃっていましたよね」
「あぁ!しまった。ついうっかり漏らしてしまいました」
「……?他言できないような使い道があるんですか…?」
「ははは。いえ、そういうことではないですよ。もう一つは殿下の温かい気持ちが溢れる理由です」
「一体、何ですか?」
「すごく、単純な理由です。ただただ、殿下は強い競走馬を愛しておられるのです」
「……?」
「殿下のプライベートルームからは、牧場が一望できるようになっています。その牧場を眺めるのが、殿下の一番の楽しみなのです」
「牧場を名だたる強豪馬でいっぱいにして、眺めてみたいという殿下のささやかな夢を叶えるためにも、たくさんの強豪馬が必要なのです」
「そして、馬の余生を穏やかに過ごさせてあげたい。それが、殿下の願いです」
「実は、こちらが本来の目的でした。しかし、トップレースを獲るための繁殖とお伝えしたほうが、みなさんに自然に納得していただけるかと思い、理由を聞かれた時は繁殖とお伝えしています」
「……スケールが大きすぎて、どちらも不自然なことに変わりない気もしますけれど……」
「はは。そうですか。でも、今ではどちらの目的も本当です。最近の殿下は配合のことも熱心に研究していますし、レースを獲れる日は近いでしょう。」
「そのために、私を含めて複数人の従者は、殿下の命をうけて世界を巡って馬を探しているというわけです」
「……確かに、自分の牧場に、ディープインパクトやウオッカとかの、名立たる強豪馬が居たら、ずっと見ていたくなる気もするな…」
「ははは、理解されたようで何よりです」
「殿下は冷静に物事を判断して人を導く人なのかと思っていました。案外、わがまま…いえ、自由で奔放な方なんですね」
「はは、言い直さなくて大丈夫です。その通り、わがままです。その上、怠け者です。従者に全てを任せて、自分は基本待っているだけのお方です」
「ナシームさん大変じゃないですか…」
「ただ、仕事以外に関しては実はそうでもありません」
「仕事以外?」
「ええ。殿下は仕事に関しては怠けますが、それ以外は本当に素晴らしいお方です。私を含む従者たちは、殿下のその部分に惹かれてお仕えしていますから」
「へえ…想像つかないのですけれど、例えばどんな部分ですか?」
「そうですね…。一番すばらしいところは、人の変化に非常に敏感なところです」
「人の変化に敏感ということは、ちゃんとその人のことを見ているということですね」
「ええ。髪形が変わっていたり、いつもとは違うアクセサリーを付けていたりすると、すぐに気がつくのはもちろんのこと」
「本人が気づかぬうちに抱えてしまった疾患や、悩みごとを抱えている事すら、即座に見抜かれます。その上で、相談に乗ってくださるんですよ」
「それは凄いな、どうしてわかるんでしょうね」
「しかも、私を含める直属の従者全員を見てくださっています」
「一人二人だとしても、相当大変だと思いますよ。俺は牧場のスタッフすら見抜ける自信がありません。悩みや体調まで即座に見抜くなんて、物凄い能力ですよ。何かコツでもあるんでしょうか」
「ええ。私も一度気になって、どうしてわかるのか、殿下にお聞きしたことがあります。まあ、はぐらかされてしまいましたが…」
「子供の頃に何かあったらしい、ということは教えていただけたんですけど、そこからは何もおっしゃってくださいませんでした」
「…ただ、そのときに一瞬悲しい顔をされていたので、子供の頃に悲しいことがあって、それがきっかけで何かを掴んだのではないか、と想像しています」
「…ナシームさんも殿下のことを、よく理解されているんですね」
「ははは…、私もいろいろあったんですよ」
「それはそれで気になるな…」
「今はこうして世界中を巡っていますから、さすがの殿下も私の悩みや体調不良に気付くことはできませんが、それでも頻繁にご連絡をいただけていますよ。常に、体調を気にかけてくださいます」
「優しい人なんですね」
「ええ、とてもお優しいお方です。私たちの自慢の殿下です」
「もっと殿下を自慢したいところではありますが、殿下の惹かれる点をあげだすと日が暮れてしまいそうなので、やめておきますね」
「日が暮れるって…、そんなに語れるほどあるのか…」
「ははは。本当に欠点は仕事面だけですからね。仕事もしてくれるのであれば、完璧なお方です。でも、完璧でないからこそ、私たちは殿下に惹かれているのかもしれませんね」
「プライベートな話をいろいろと聞かせていただいてありがとうございました、ナシームさん」
「いえいえ、私も殿下のことをお話できて、楽しかったです」
「殿下について、まだまだ語ることは尽きません。また機会があればお話させてください」
「は、はは…お手柔らかにお願いします」
次回予告
「”レジェンドBC”…」
「強豪馬が出走しているだけあって、今BCに登録している馬じゃ、勝てそうにない」
「どうすれば勝てるようになるんだろう。調査の必要がありそうだ」